蛇口ブログ

なにゆえに捻るのか

2016年11月3日 - 4日01

11月3日

PM20:00
カフェで先日頂いた宮沢章夫の「時間のかかる読書」を読みながら友人を待つ。
寝起きのコーヒーはコールタールのように胃がひっくり返りそうになるほど重かった。
ほとんど飲まずに片付けた。

PM21:00
タイ料理屋。ハートランドトムヤムクン、もやし炒め、生春巻き。
大葉や紫蘇は苦手だが、パクチーは結構好きだ。口に入った時の不快感が圧倒的だからだ。
初めて食べた時の「口の中がWindowsXPの壁紙みたいになる感覚」が忘れられない。

PM23:00
泥酔。近くで別の友人がたまたま飲んでいたので合流した。
あまり覚えていないが自分のツイッターを遡ったらバーでオリジナルラヴの接吻をめちゃくちゃ歌っていたようだ。
今年はよくお酒を飲むようになったし、明るくなったし社交的になったと思う。
それが良いことは悪いことかは別として

11月4日01

AM5:00
死にそうになりながら起床。
神経質がそのまま巨大化して襲ってくるような夢を観た。

AM8:00
煙草がなくなった。昨晩、泥酔しすぎて買って帰る余裕がなかった。
仮に与えることが愛なのであれば奪うという行為はやはり愛とは真逆の性質を持っているのだろうか!形而上学!愛!
みたいな事を、まあまあ頭の中の深い階層まで潜って考えながらコンビニへ行ったのだが帰ってきてサンドイッチを食べたら全部忘れた。
近代的自我。ルサンチメン。辿り着くことはない。

AM9:00
アンサイクロペディアの哲学, 思想系の記事が面白いので読み耽っている。

詳細はウィキペディアを参照のこと。なお、読んで理解できるような小学生がいたら怖い。なお、どういったことをウィキペディアで記載しているかというと、人間が思う、考える、感じるといった脳の動きにわざわざ一つずつ注釈と解釈をつけて、言葉にならないものを無理やりに言葉にするということを前提とした学問であるため、基本、意味が分からないと思って正解である。そのため、難しい言葉をワキャーだのうきょーだのという言葉と入れ替えても、文章全体では意味がなんとなく分かるという、ある意味、恐ろしい学問でもある。

形而上学 - アンサイクロペディア

今日は京都に行く。実☆存☆主☆義☆ みたいな気分のまま少し眠る。

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